今回の欧州の旅は、何かと「混入」の多い旅であった。
……というわけで、混入三連発編をお届けします。
まぁ、私のようなトラヴェルライターが、旅先でナニもハプニングに出くわさなければ、読者的には面白くもナンともないわけで……。災難とネタは相互扶助と思って、諦めるより他はあるまい。
さて、今回のポーランドへの「混入につぐ混入」の旅。
最初の混入はねぇ、ワルシャワの三ツ星ホテル。
昼過ぎに列車で着いて
「駅から近くないとイヤ、でもって風呂桶がお部屋についてないと絶対に嫌。しかも二人で200USドル以下じゃなきゃ駄目。あとはエレベーターもないと許されない」
などというわがまま極まるセンセイのお供で四苦八苦。
駅に近い安い「ホームステイ」関連のところはいっくらでもあるのだけれど、エレベーターなかったりシャワーだけだったり。
ったく、どうして日本人はこのクソ暑いのに風呂桶にあそこまでこだわるかなぁなどと首を捻る。(←すでに自分は台灣化していると、思っているらしい)
駅の目の前にはなんだっけなぁー、マリオットやらホリデイインとかがあるんだけど、首都・ワルシャワでは当たり前のことながら、そんなホテルへUS200ドルなんかじゃ泊まれない。
やっとこさっとこ探したポロニアホテルは、三ツ星ツインで朝食付き198ドル!
よしよし、しめしめと思ったら
「この価格は週末だけで、明日からは268ドルです」
などと無茶を言う。
「ねーーー、いいじゃんいいじゃん。何泊もすんだから、週末価格で明日も泊めて」
スリスリしてみるも、旧共産圏。ちっとも融通がきかない。
ぶーりぶりぶり、さぞかし豪華なお部屋だろうと……思う方が阿呆であろう。
外は30度近くもあるっていうのに、部屋は旧共産圏にありがちな「どよぉーんとしてて、ふるぅーーくて、くらぁーーくて、しめっぽーーい」キノコ栽培に最も適したようなお部屋。
部屋にはぶっ厚い紫色の別珍のカーテンが両脇かためた、古くさいバルコニーなんかあるものの、下を覗くとゴミためで、カラスが
「がぁーーーーー」
なんて鳴きながら飛び交ってて
「オーー、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?」
というよりも
「お母様、先立つ不幸をお許しください」
って遺書書き、靴を揃えて飛び降りる方がぴったりな、薄気味悪〜い感じであった。
ま、しゃーないわな。とりあえず一泊だけだから。
「よいしょっ」
と二人分の荷物を降ろして鏡台の前の椅子に座ろうとしたら、ぽろろろろ〜んと椅子から落っこちて来たのが
「くさい、男物っぽい黒い靴下」(ただし、実際に嗅いだわけではない)
げっ!なんでこんなところから丸まった靴下が?
とは思ったものの、そんなこと口にするとセンセイがビビルので
「鏡台のへりと椅子の背の間にひっかかってたから、お掃除のおばちゃんも気付かなかったのね」
私は別に動じもせずに、落ちるがままに床に転がして靴の先で鏡台の奥の方に蹴り込んでおいた。
そのまま町へ出かけて一日中歩き回り、へっとへとになってホテルに戻って来たのが夜の九時すぎ。
部屋に入るとなにやらぞわっと肌寒いのは、バルコニー開けっ放しで出かけたからか。
「はぁ、疲れましたねぇ。センセイお先にお風呂どうぞ」
なんて言って靴を脱いだところに
「ぎゃぁぁぁぁぁ〜」
センセイが腰ヌカしてベッドに後ろ向きに倒れ込んだ。
いったいナンの騒ぎぢゃ? ゴキブリか?
思って振り返った私も……度肝抜かれて絶句である。
ヒモみたいなもんで束にして止めてはあるカーテンの真下、風で膨らんでゆらゆらカーテンが揺れるたび……男物の茶色い革のブーツのつま先が見えかくれしていたのである。
げっ、これは強盗に違いないっ!
はっきり言って私は固まった。
へっぴり腰になりつつもセンセイをかばうようにし、二人してずりっずりっと後ずさりし……我々は裸足のまま部屋をすたこら飛び出して、エレベーターに駆け込み、フロントに助けを求めたのである。
「へ、へっ、部屋に人がぁっ!」
どうしてこんなコワイ目に遭わなきゃならないのだっ!
私はまだしも、ご老体で音楽しかしらないセンセイは、可哀想にガタガタ震え出しちゃってるのである。
「こ、これは尋常ではない!」
ということで、フロントの人はハウスキーピングだの警備のお兄さんだのを部屋に派遣。
しばらくして、戻って来た彼らは
「人なんていませんでしたよ」
はだしでロビーをうろうろする私達二人にニコニコしながら報告。
「そんなはずなーーい!だってカーテンの後ろにブーツがあったもん!!」
断固として言い張る二人の前に、ハウスキーピングのおばちゃんがひょいっと差し出したのは、あの男物の冬用ブーツであった。
「そうだよ、これこれ!!」
二人して糾弾するも
「なぁに、部屋にブーツが置き忘れてあっただけじゃない。そんなに慌てることないわよ」
などと、みんなして涼しい顔。
はぁ〜、良かったぁ。
警備のお兄さんに付き添われて恐る恐る部屋に戻ってみるも、なるほど誰もいない。
「ほらね、誰も居ないじゃない。ねっ!」
などと言い、ホテルの連中はみんな引き上げていった。
私とセンセイはあまりのショックで
「なぁーんだ、靴があっただけかぁ。あーーよかった」
などと能天気に胸をなで下ろしたのだが、
「ってことは、お風呂場も掃除してないんじゃないですか? 私は今日、お風呂イイです」
なんつっちゃってるセンセイのために、備え付けの石鹸で風呂桶をゴシゴシ洗っているうちに……
なぁーーぜに、三ツ星ホテルなのに冬物の男物のブーツが部屋にあんだ?
という疑問がふつふつと沸いて来たのである。
「おかしいよね、これって絶対」
「ってことは、部屋の掃除をしてないってことじゃん」
センセイには言わないでおいたが
「(しかもクサイ靴下付きだし)」
ってこともあった。
例えばの話であるが、
「まだ部屋の掃除が済んでないんだけど……とりあえず荷物置いてもいいです」
って言われた場合であるとか、一泊20ドルのホームステイだったら、「靴、あったよ」って部屋の主に差し出すくらいで、あたしゃなぁーーーんにも言わないのである。
「一泊200ドルも取っておいてこのサービスはないじゃん」
センセイがお風呂に入っているうちに憤りの増した私は、さっそくマネージャーにとってつけようと館内電話の一覧を見る。
でも、週末は支配人は来ていない。
「じゃぁしょうがない、明日アサイチにとりあえず文句言おう」ということして、その晩はとりあえず寝たのである。
さて、翌日。
「マネージャーに質問があるのでお会いしたい」
申し出た私を、フロントのおばちゃんは
「話なら私が聞く」
とやっきになって差し止める。
「なんで?会っちゃ駄目なの?ホテルのサービスについて質問があるんだもん」
「なんのこと?」
私が昨日の靴下とブーツのことを話すと
「それについては、ハウスキーピングの者が引き取って一件落着してるだろう」
と来た。
げげっ、ナニが一件落着だ!
掃除してないってことの証じゃねーかよ!
私が食い入ると、おばちゃんは涼しい顔で
「あなたがチェックインしたのは、チェックイン時間のちょっと前だっったからお掃除がまだだったのよ」
と来た。
あのなぁーーーー、いい加減にしろよぉ。
まだだったならそれでもいい。でも、私達が帰って来た夜九時までには掃除しとけっ!
思いながらも私が
「でも、あなたはチェックインするとき『部屋の掃除がまだだ』とも言わなかったし、九時に戻った時にも部屋の掃除してなかったじゃない」
言い募ると
「あなたが朝食を食べに行っている間に私が書類を作っておくから、それにサインするっていうのでどう?」
おばちゃんは打開策として文書でクレームしてくれという。
まぁ、私にしたって別に時間を無駄にしたいわけじゃないから
「ちゃんと支配人からの返事貰える約束ならそれでもいい」
ということで請け合った。
ところがところがである……。
朝食を済ませてフロントに戻って来ると、ちょうどチェックアウトが忙しい時間帯だったのだろう。
おばちゃんは書類が作れておらず、なにやら電話で対応中であった。
しばらく待ったが一向に埒があかず、じりじりしている私に
「しょーがないわ、支配人室に直接行きなさい」
とおばちゃんは支配人室の部屋番号を私に書いてよこした。
さぁーて支配人室をノックして
「あのぉ、ホテルのサービスに関して質問があるんですけど」
声をかけると
「どうぞどうぞ」
大柄な「代理支配人」は私を部屋に招き入れ、椅子を勧める。
「つかぬことをうかがいますが、ここは三ツ星ホテルですよねぇ」
「ん??」
支配人は当然面食らうのである。
当たり前である。ホテルの正面玄関にドデカい看板があって「★★★」となっているのだから。
「ええ、そうですけど」
「ですよね?じゃぁ、このホテルではお客さんをお部屋に案内する前に、必ず部屋の掃除をしますか?」
「当たり前じゃないですか」
支配人は馬鹿なことを聞くなという顔で頷くので
「ということは、ひとたびお客さんを部屋に案内したということは……お掃除が済んでいるということで間違いないですね?」
支配人の顔に『このすっとこどっこいのアジア人めっ!なんども同じ質問すんじゃねぇーよ』的表情がすっと浮かぶが
「はい、確かにそうです」
と渋々ならがも答える。
しめたっ!
もう、こっちのペースである。
フロントのおばちゃんが言うような、『チェックイン時間のちょっと前だったから』などという言い訳は一切通じないのである。
「実はですねぇ、昨日部屋にチェックインしましたら、くさい靴下と男性物のブーツが部屋にありまして……これがお部屋の掃除をした後にあるというのは、いったいどういうことなのでしょう?」
支配人はさすがにドキっとしたらしく顔色を変え、私は
「どうぞ、警備の人やフロント、ハウスキーピングの人達に事実関係を確かめてください」
と畳みかける。
「それは悪いことをしました」支配人は謝りつつも
「でも、フロントの者はお部屋を変えて差し上げたはずですが」
と言う。
ばーろーー、部屋なんて変えてくんねーのだ。
「人なんていないじゃないの、靴があっただけよ」
って言ったのだ。
「いいえ、部屋はそのままで靴を持ち去ってくれただけです。言っておきますが私はここへ、フロント係に対する文句を言いに来たのではありません。これがポーランドにおける、三ツ星ホテルの標準的なサービスなのかを確認に来ただけです」
私としては、「そうだよ〜ん、これが普通なんだよね、実際のとこ」ってなりゃぁーそれで
「げげっ、恐るべしポーランドのホテル!」
という旅エッセイが書けるんだから、それで良かったのである。
「はははーー、そうそう、これがポーランドスタイル♪」
なんて誤魔化さないのが、どこまでも「真面目」が取り柄のポーランド人。(イタリア人なら確実にやると思うが……)
神妙な顔をして
「それはまったく申し訳ないことをしました。以後気をつけます」
などと言って謝ってくれたので、胸はすぅーーっとして気分よく出かけたのである。
しかぁーーーし!
ポーランドはとことん真面目であった。
昼過ぎにホテルに戻って来ると、朝のフロントおばちゃんはナニやら知らぬがエラク不機嫌な顔で
「支配人が昨日の部屋代を10%お詫びに引くそうです」
と私に仏頂面で告げた後
「アンタがチクるから、ハウスキーピングのおばちゃんは100ズボティ(約3000円)も罰金くらったのよ。可哀想だと思わない?あなたにとって10%安くなったところでどうってことないのに!」
と私にスゴむのである。
「そんなこと私に言われたって……。要は職務怠慢がイケナイんじゃないの?100ズボティが大金で可哀想だって思うなら、私じゃなくて支配人に談判すればいいじゃない!」
言い返すと今度は
「どうして昨日、人が居るって大騒ぎした時に部屋を変えろって私に言わなかったの?」
と来た。
あのなぁーーーーーーーーーっ!
こっちゃ動揺して裸足でロビーをウロウロした挙げ句に、風呂桶まで洗ったんじゃっ!
「ごめんなさいね、部屋を変えましょう」
ってそっちが言い出すのがサービスってもんじゃないんかいっ!
ブチキレそうになりながらも部屋に戻ったのだが、100ズボティといえば一ヶ月1000ズボティくらいが平均月収の彼らにとっては……かなりイタイ額だったに違いない。
なんだか、ハウスキーピングのおばちゃんには悪いことをしたような気分になるのが、私の情けないところである。
いや、でも、これが資本主義への道のりで、彼らへの教訓なのだ。
と思ったり
自分のネタの「裏取り」がおばちゃんの減給に繋がっちゃったとは、やっぱし可哀想だったかなぁと思ったり……けっこうな意気地なしは、後味の悪〜い想いをしちゃったのである。
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